メディア・リテラシー

メディア新書メディア・リテラシー

知とコミュニケーションの創発に向けて

  • 著者:芸術メディア研究会
  • 新書: 213ページ
  • ISBN-13:978-4903859187
  • 発売日: 2008/9/3
  • 定価:1,050円

 
 
芸術メディア研究会とは 芸術メディア研究会はクリエーター、研究者、教育者の相互交流を目的として2004 年に発足。映像、音楽、テキスト等、メディアの新たな可能性を模索するため、それぞれの成立過程や社会的意義、今日的課題を複合的に踏まえ学際的研究を展開している組織です。 芸術メディア研究会にとって本書の刊行は、こうした学際的研究の新たな一歩となりました。今後もメディア研究における新しい視点を獲得すべく、産業界、教育界、学術界の英知を集約しながら、出版、展覧会、シンポジウム等、さまざまな活動を展開していきます。 多くの方々が芸術メディア研究会に参加し、相互交流が促進されることを期待しています。

著者について

阿久澤騰(あくざわ・のぼる)

1973年生。日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程単位取得満期退学。英国バーミンガム大学大学院修士課程修了。専門は文化政治学、メディア・リテラシー、市民教育論。CMSベースのウェブサイト制作を多数手がける。日本大学芸術学部文芸学科助手

柴岡信一郎(しばおか・しんいちろう)

1977年生。日本大学大学院博士後期課程修了。博士。学校法人タイケン学園副理事長、社団法人幼少年体育振興協会副会長、日本ウェルネス高等学校校長を兼務。専門はスポーツビジネス、メディア史、宣伝・P R。著書に『スポーツビジネス教本』『報道写真と対外宣伝』他多数

百束朋浩(ひゃくそく・ともひろ)

1977年生まれ。日本大学大学院芸術学研究科芸術専攻博士後期課程修了。博士(芸術学)。研究領域は映像理論、映像表現、画像処理、映像技術。在学時より映像制作に携わり、画像処理、VE、スーパーバイザーを務める。Webサイトの構築、ソフトウェアの開発も行う。

広瀬愛(ひろせ・あい)

1968年生。日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了。博士(芸術学)。尚絅学院大学総合人間科学部表現文化学科准教授。共著『日本映画史叢書3映像表現のオルタナティブ』、論文「マヤ・デレンによる映画の芸術的形式の発見―『芸術、形式、映画についての概念のアナグラム』における映画論の成立過程」『芸術・メディア・コミュニケーション』

竹内正人(たけうち・まさと)

日本大学藝術学部映画学科卒業。日本大学大学院総合社会情報研究科修士課程修了。日本工学院八王子専門学校教師。立教大学文学部兼任講師。第小説『やまくじら』で九回新潟日報文学賞受賞。小説『ロードスター』で第三十四回北日本文学選奨受賞。著書『詩集冬の形』『ズバリ合格第一種情報処理試験』

森本純一郎(もりもと・じゅんいちろう)

1975年生。日本大学大学院芸術学研究科博士前期課程修了。東京国立近代美術館フィルムセンター非常勤職員。東京工芸大学芸術学部映像学科非常勤講師。北信濃小布施映画祭実行委員。「KAWADE夢ムック総特集押井守」に『識閾を拡張する者―実写とアニメの融合』を寄稿

渡部英雄(わたなべ・ひでお)

1952年生。アニメ演出家。アニメーター。日本工学院八王子専門学校マンガ・アニメーション科教師。日本大学芸術学部映画学科卒。日本大学大学院総合社会情報研究科情報文化専攻博士前期課程修了。日本大学大学院芸術学研究科芸術専攻博士後期課程在学。主な作品に、演出、絵コンテでは、「北斗の拳2」「機動戦士Zガンダム」、3DVHD「スクーパーズ」監督。

河合明(かわい・あきら)

日本大学大学院芸術学研究科音楽芸術専攻修了。慶応義塾大学大学院修了。アーチスト名は河合孝治。芸術表現の素地を現代音楽、現代アート、西洋哲学、そして仏教思想から吸収する。サンタフエ国際電子音楽祭など海外の電子音楽祭で作品が入選。

川口賢哉(かわぐち・けんや)

早稲田大学大学院修了。即興演奏家、尺八演奏家。演劇評論家。ニューヨーク在住。

本の中身を少し紹介

01 はじめに

さまざまなメディア経由で膨大な情報そして多様な言論を私たちは受け取っている。
問題なのは、メディアがもたらす情報や言論に不正確な情報や偏った言論が混ざりこんでいない保証など、どこにもないことだ。たとえば一九八九年には朝日新聞社カメラマンが沖縄県西表島の珊瑚を自らのストロボの柄で傷つけて落書きをしたにもかかわらず、島を訪れたダイバーによってなされた落書きであるかのようなニュアンスの写真入り記事を四月二〇日の朝日新聞夕刊に掲載した。不審に思った地元のダイビング組合の指摘を受けて虚偽報道が発覚。記事掲載から一ヶ月後の五月二〇日の朝刊で新聞社が謝罪した。これが、いわゆる朝日新聞 珊瑚記事捏造事件である。メディアが事実をねじ曲げて報道する可能性がある現実を端的に示した出来事であった。
また一九九四年に起きた松本サリン事件における誤報道とそれにともなう報道被害。事件の犯人探しに熱狂したマスコミは第一通報者で被害者の一人である河野義行氏をまるで犯人であるかのように騒ぎ立てた。しかし後にその真犯人はオウム真理教の信者であることがわかり、河野氏がマスコミから受けた不当な扱いが明らかとなった。
したがってメディアがもたらす情報や言論が常に正確でバランスを保ったものであるというような前提に立つことは危険だ。
メディア情報や言論が持つそのような側面を考慮せず、鵜呑みにすることは時に深刻な事態や危険を招きうる。そういった情報や言論にもたれかかったまま下した判断や決断が取り返しのつかない結果を招くケースは決して少なくない。こうした時代状況を反映してメディア・リテラシーをめぐる議論が盛りあがりつつある。メディアに完璧を要求することが無理ならば、自分たちがメディアについて学ぶことで道を拓こうと考える人々が少しずつ増えてきたからだ。

02 曖昧な批判性の所在

メディア・リテラシーといえば、きまって強調されるのがメディアに対する批判的な姿勢、つまりメディアを「批判的」に読み解き、理解することの重要性である。しかし、そもそも「批判」という言葉の持つ微妙なニュアンスのあり方についての議論が日本においては十分に尽くされておらず、人々の間できちんとした共通理解が形成されていないのではないだろうか。実際に「批判」とは、使用する上でいささか注意を要する言葉だ。なぜなら「批判する」という場合、日本においては「非難する」という言葉と同義の否定的なニュアンスで使われる場面がほとんどだからだ。されど「批判」という言葉は日本以外の国々や地域において建設的で前向きなニュアンスを含む場合の方がむしろ多い。